色留袖 孔雀牡丹柄 縮緬

縮緬生地の色留袖をお買取り致しました

 


今回弊社でお買取りさせて頂いたのは、縮緬生地の孔雀と牡丹が描かれた色留袖です。

着物の生地で使われている縮緬は、子供の兵児帯などでもよく使われているくしゃくしゃとした柔らかい素材で、中国から伝わったと言われています。

その後、中国の職人が大阪にある南泉州堺へ渡った事から縮緬の技術は大阪へ伝わり、大阪から丹後や岐阜などの各地へ伝わっていきました。

各地に縮緬の技術が広がった事で呼び名も増え、京都の西陣縮緬や丹後縮緬、岐阜市の岐阜縮緬、滋賀県の長浜縮緬、群馬県の桐生縮緬、栃木県の足利縮緬などございます。

また、縮緬は生地の厚さやしぼの大きさによっても呼び名が異なり、一般的な一越縮緬、二越縮緬や模様を表す縫い取り縮緬、地紋を作り出す紋意匠縮緬、大きめなしぼが特徴の鬼しぼ縮緬などがございます。

裾の部分には富と繁栄を表すおめでたい孔雀と、富貴と幸せを象徴し大輪の花を咲かせる事から百花の王と呼ばれている牡丹の花が美しく描かれている素晴らしい着物となっています。



色留袖について



今回お買取りした着物は色留袖という種類で、着物の中でも黒留袖や訪問着の次に格が高い着物になります。

留袖の名前の由来は江戸時代まで遡り、女性が18歳をむかえた時や結婚した際に娘が女性、女性が妻へと成長した事を表す為に着ていた振袖の袖を切るという風習が関係しています。

現代の振袖というのは20歳を迎えた女性が成人式で着る晴れ着のような存在となっていますが、江戸時代では未婚の女性が着用していた物です。

この時代、独身の男女が気軽に人前で話す事は出来なかったので、女性が男性に求婚された際、袖を左右に振ってイエスか縦に振ってノーか答えていたそうです。

これにより、結婚すると袖を振る事もなくなるので結婚した証として袖を切り短くしていました。

また、江戸時代の平均寿命が50年と短く、結婚適齢期は14~16歳と言われていましたので、18歳になると娘ではなく女としての盛りがなくなった女性と見られ振袖の袖を切り大人の女性と同じ扱いになったそうです。

ですが、袖を切るという言葉は「縁を切る」という言葉と似ているので縁起が悪いとされ、

袖を留めるという言葉に直した事で留袖と言われるようになりました。


買取可能な着物


作家物

久保田一竹、森口華弘、田畑喜八、藤林徳扇、五味桂子

桝屋高尾、山下八百子、木村雨山、鶴見保次、北出与三郎

藤井寛、小宮康孝、浦野理一、北村武資、平良敏子など


染め・織り

本場大島紬、白大島、加賀友禅、琉球絣

米沢紬、牛首紬、芭蕉布、黄八丈、宮古上布など


和装の買取について


いわの美術では、着物以外でも着物に使う帯や帯留、帯紐などの和装小物をお買取りしております。

また、着物を入れておく和箪笥や時代箪笥、岩谷堂の箪笥など古い箪笥もお品物によってはお買取り致します。

箪笥の肥やしになっている着物、ご実家に置いてある古い家具などございましたら是非いわの美術までお問い合わせ下さい。

また、弊社では他にも蔵の中でホコリを被っている船箪笥や和箪笥、箪笥の中に入っていた古銭や勲章、桐箱に入っている香木、立て掛けてある日本刀など処分をお考えのお品物などございましたら、いわの美術までお問い合わせ下さい。


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