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染めの着物~辻が花

2016.3.23

染めの着物~辻が花


品格に満ちた気品漂う辻が花 (辻ヶ花)。その名称の由来は定かではありませんが、基本となる絞り染めは、奈良時代から日本に伝統的に続く手法で、室町時代に隆盛を極めた縫締絞りを主な技法とした文様染めです。


辻が花の絞り染は、布を結んだり括ったりして染めた初歩的で簡略なものから、絵模様の輪郭を縫い絞って多色に染め分けたものまで様々なものがありますが、室町時代の辻が花は、絞りと墨絵で描いた簡素なものでした。

室町時代当初の辻が花の着物は、模様を絞り染めした輪郭に墨絵を施したり、模様の隙間に墨で描くなど、枯れかけた花や葉の朽ち果ててゆく様を題材にして描かれた、ものの哀れやはかなさを漂わせた美しさを表現した着物でした。


こうした辻が花の気品ある美しさは、権力者の目にとまり、さらに色彩豊かな縫いや金銀箔が施された辻が花も現れ、豪華なものへと発展していきました。


戦国時代の豊臣秀吉や上杉謙信などの武将たちは、陣羽織などに辻が花を愛用しました。また、桂女の小袖、江戸時代の徳川家に残る着物などにみられるように、辻が花の最盛期は、桃山時代~江戸時代初期を迎えましたが、友禅染の発達などにより、辻が花はその存在意義を失っていき、やがて、辻が花の技術を伝承するものもいなくなり、自然に消滅へと向います。現在、桃山時代から江戸時代の辻が花は。300点ほどしか残っておらず、「幻の染色」とも呼ばれています。


一竹 辻が花

「幻の染め」といわれた辻が花ですが、その古い小裂に魅了され、伝統の技法を現代に復活させた人物が故・初代久保田一竹(くぼたいっちく)です。

戦後、辻が花染めを復活させた久保田一竹は、呉服業界の救世主と呼ばれ、久保田一竹の辻が花を、自ら「一竹辻が花」と命名し、一世を風靡しました。


初代久保田一竹は、多くの日本人に辻が花の魅力を浸透させ、呉服ファンを増やしましたが、当時は辻が花もどきの偽の辻が花も大量に出回るなど、便乗商法や、詐欺まがいの辻が花が数多く出回ったといいます。それほど呉服業界に大きな流れをつくった初代久保田一竹の「一竹 辻が花」は、市場でも滅多に出回りませんが、そのコレクションは久保田一竹美術館で観ることができます。


その他、辻が花染めを手掛ける作家・工房

小倉淳史

翠山工房

京屋林蔵

小倉健亮

樋熊哲也

久呂田明功 等



辻が花・着こなし

現代の辻が花染めは、訪問着から振袖まで幅広く用いられる人気の技法で、花柄など絢爛豪華印象が強いですが、留袖や訪問着の裾に部分的に辻が花があしらわれている場合もあります。

辻が花の着物にあわせる帯は、辻が花の袋帯があわせるとよいとされますが、西陣織の袋帯でもよく、柄は同じ辻が花同士を合わせると無難にまとまります。

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